2021年8月16日(月)

 弱虫は幸福をもおそれる、と書いたのは太宰だろうか。予期していなかった出来事によって、近頃のわたしは頭が痺れるくらい幸福。それだけなら良いが、絶え間なく皮膚の内側から針で刺されつづけているような不安も感じている。……後者の比喩は過剰な気がするけれど、不安であることはほんとう。いつ、どんな不運に見舞われるのかわからない。幸福を確信した瞬間に皮膚がぽろぽろと剝がれ落ち、肉片に鴉があつまる。追い払う。やって来る。追い払う。やって来る。為す術もなく立ち尽くす。ベル・ジャーは、いついかなるときでも近くにある。どんな類の幸福であっても、そう。

 「かわいそうな、知らない人たち」あたしは言った。「いろんなことをこわがらなくちゃいけないのね」

「そうね、わたしがこわいのはクモだわ」

「ジョナスとあたしとで、姉さんにクモが近寄らないように気をつけていてあげる。ねえ、コンタンス」あたしは言った。「あたしたち、とっても幸せね」

(シャーリイ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』市田泉 創元推理文庫 2007.8)