2024年5月5日(日)その1

ハインツ・ヘーガー『ピンク・トライアングルの男たち――ナチ強制収容所を生き残ったあるゲイの記録』伊藤明子 現代書館 1997.2

 いったいどんな世界、どんな人間たちが成人男子に、どのように愛し、誰を愛するべきか指図できるのだろうか? 「国民の健全な感情」とやらをもっとも声高に叫びたてるのはいつでも、性的に陰湿で劣等感に凝り固まった権力者ではないだろうか?(p26)

 

ピンク・トライアングルの者は病棟で、優先的に医学実験に使われるように定められていたからだ。われわれの体を用いてさまざまな人体実験が行われ、ほとんどの場合、死をもって終了するのであった。(pp.41-42)

 

「お前はなかなかホネのあるやつだ」と言って、彼は私の肩をゴツンと叩いた。「気に入ったぞ。これでお前がもっと気に入った。もっともやっぱり女の方がいいがね」

 ホネのある奴とは、犯罪者仲間のスラングで、けっして口を割らず、なにも洩らさず、脅迫にも屈しない男を意味していた。女のほうが好きだという抗弁で弱められてはいたものの、ぶっきらぼうな愛の告白にいくらか私も嬉しく思い、庇護を求める気持ちがかなえられた感じがして、以来彼には大きな好意を持ち続けた。(p77)

 

 尼僧たちは私の話を聞いて非常に驚いた。囚人といえども人間には変わりないものを、SS看守から身の毛もよだつ非人道的な仕打ちを受けていることを、最初のうちはなかなか信じようとしなかった。ナチKZのこうした逸脱行為について耳にしたのは初めてであり、ヒトラー政権が敵対者や望ましからぬ人物をKZで拷問、殺害による粛清を行っているとは夢にも知らなかった。私の報告は、尼僧たちにとっては思いもよらぬ悪の世界を暴いてみせたのだ。(p114)

 

 苦難と運命を共にする同胞がこのように責め苛まれ、拷問されているあいだ、私は憤激にかられて叫び声を上げたりしないように、口に突っ込んでいた指を始終嚙みつづけていたが、囚人が最後に椅子で殴りつけられるのを見たときには、もはや自制心も忘れ、たけり狂って叫んだ。

「けだもの、お前ら、けだものめ!」(p136)

 

 一九四三年の暮れには、SS指導者ヒムラーにより「性的頽廃者(すなわち男色者)の淘汰」について新たな指令が布かれた。これによると、男色者は誰でも去勢手術を受け、行いが良ければ、近いうちにKZから放免されるということであった。(p164)

 

 数年のKZ拘禁に対し、私は補償の申告をしたが、民主主義の当局から拒否された。たとえ私のようになにも悪事を働いたことがなくても、ピンク・トライアングルをつけた囚人、同性愛者は刑事囚の部類に入れられていたからである。(p194)

 

ウィーンであれ他の場所であれ、われわれ同性愛者が、いくら真面目な生活を送ろうとも、同胞からの蔑視、社会における排斥、差別を受けるという状況は三十年、五十年前と少しも変わらない。人類の進歩は私たちを置き去りにしてしまった。(p195)

 

   この多くの死者たち 彼らすべては

   私たちにとって忘れられない者となろう

   名も知れぬ 永遠の犠牲者として!

   (p196)